
ほっとタイム〜玉ねぎの輪っか(味噌汁の実)の思い出〜 ピーマンの卵とじでピーマン嫌いを克服!!》
鯉のぼりオムライス・ケーキを作ってみよう!!》
さくら餅を作ってみよう!!》

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節料理は本来、年神様をおもてなしするためのお供えものです。
神様にお供えしたそのあとは、私たちが食し神様の力をいただきます。
お節を代表する「三つ肴」は「黒豆」「数の子」「ごまめ(田作り)」の三品です。
この三品と餅があれば、立派な正月といえるそうです。
年の初めの家族と囲むおせち料理は
様々な思い出とともに母から子へと受け継がれてゆきます。
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赤ちゃんが初めて家族の食卓に仲間入りするのを祝って行われるもので、
平安朝のころから続くといわれるほど古い行事です。
生後100日とか120日
とか(百日)地方いよっていくらか違いはあるようですが、
この日に初めて
離乳食(ももほどたべる)が始まるという意味で赤ちゃんにとっては大変
重要な儀式です。
鯛の尾頭つき・・・赤ちゃんの頭がじょうぶになるように。
小石・・・・・・・・・・歯がじょうぶになるように。
おじいちゃんやおばあちゃんへのお礼も兼ねておもてなしできるように気を
配った献立にしました。赤ちゃんは食べられませんが、そろって楽しくするのがなによりの
お祝いになるでしょう。。
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3月3日の雛祭りは平安時代、貴族の間で行われていた行事が起源とされています。
雛人形に3色の菱餅を供え、厄除けと長寿を約束する桃の酒を飲み祝いました。
雛人形の本来の姿は流し雛。人形(ひとがた)に身体の穢れを移し、海や川に流す風習が
昔にありました。
やがて、白い布で作られた幼児形のぬいぐるみがお守りとして枕元などに置かれるようになり、
次第に美しい衣装が着せられて、今日のような幼児と遊びを共にする「人形」となってきました。
雛壇に鎮座する形での雛人形が一般に広まったのは江戸時代の中ごろといわれています。
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端午とは?
奈良時代から続く古い行事です。
もとは月の端(はじめ)の午(うま)の日という意味で、5月に限ったものではなかった
ようです。しかし、午(ご)と五(ご)の音が同じなので、毎月5日を示すようになり、
やがて5月5日のことになったとも伝えられています。
なぜ鯉のぼりをあげるの?
我が家に男児が誕生したと、天の神に告げ、「この子を守ってやってください」と守護を
願って目印にしたものが鯉のぼり。鯉は「鯉の滝登り」などと伝えられ、
男児の成長と出世の願いが鯉のぼりにこめられているそうです。
なぜ 柏餅を食べるの?
柏の葉は、新芽が出るまで古い葉を落とさないので家系を絶やさないという縁起から、
柏の葉が使われるようになったそうです。
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7月7日(旧暦8月7日)は、五節句の一つで、牽牛・織姫星を祭る行事、七夕別名星祭りまたは
銀河祭りとも呼ばれています。この日彦星、織姫が天の川を渡り、年に一度会うという中国の
伝説で、6日の夕から笹竹に願い事を書いた五色の短冊をつるす習わしがあります。
江戸時代の寺子屋教育の影響によってこの日に女の子は手芸の上達を、男の子は手習いの上達を
願ったそうです。
こどもさんと一緒に飾りや短冊を作ったり、茄子の牛やきゅうりの馬(しっぽはとうもろこしの
ひげ)を作って楽しみましょう。
『七夕伝説』
織女星(織姫星)と牽牛星(彦星)の二つの星が銀河(天の川)をはさんで輝いていました。
二人とも働き者であり織女星の父、天帝は結婚を認め二つの星は夫婦となりました。仲のよい二人でしたが、
やがて織女は機を織らなくなり、牽牛は牛を追わなくなってしまいました。このため、天帝は怒り、二人を
銀河を隔てて引き離しました。しかし年に一度、7月7日の七夕の日だけは一緒になることが許されたのです。
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夜空に輝く満月を観賞する風流な行事として伝えられているお月見。
昔は「月でうさぎがお餅をついているのよ。」と話をしてくれました。
ロケットが飛ぶ時代になったが、昔をなつかしみ、
子供達にも昔話を伝えていきたいですね。
十五夜・・・本来旧暦の 8月15日
十三夜・・・本来旧暦の 9月13日
このふたつの月を愛でるのが、お月見です。一方しか見ないのは、
「片月見」といって不吉なものとされています。
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男児が五歳、女児が三歳と七歳になった年の11月15日に神社を参拝し、
さらなる健康と成長を祈願する儀式です。
旧暦の霜月15日は、ほぼ冬至にあたり、稲の収穫を祝う1年の境目と考えられた
ところから、この神聖な時期を選んで子の成長を祝ったものと思われます。
家族の都合の良い日に、その地域の氏神さまに報告し、おじいちゃん
おばあちゃんへのお礼もかねて、楽しくお祝いしましょう。
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新年を明るい雰囲気で迎えるため、神棚や玄関・お勝手には夫手作りのお飾りをつけています。
董市で見つけた直径30cmの輪島塗の御椀には、お正月に煮しめを盛り付けます。
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中心の□を共用して「吾唯足知」(ワレタダタルヲシル)と成ります。
龍安寺に徳川光圀の寄進といわれている本物のつくばいがあります。
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市松人形は、私の50年前の七五三の着物で作りました。
茶たんすの上に五人ばやしを飾りました。
出窓にはお道具を並べ、畑の菜の花も生けました。
この部屋に入ると、心が和み一日の疲れも癒されます・・・。
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一番上のかぶとは主人のもので55年も前のものです。勇ましい虎や鷹、破魔弓も飾ってみました。
季節の麦もさわやかです。
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紅型柄のクロスに家の守り神や魔除けとして知られているシーサーや壺屋焼きや
琉球ガラスを飾りました。また、庭でとれたみずみずしい野菜たちが、体の中から元気にしてくれます。
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秋の収穫をイメージしました。父の使っていた1斗升ととぼ。母が使っていたお釜の蓋を飾りました。
私は珈琲を豆から引き、ゆったりと珈琲をいただきます。
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| 50年前、私が七五三に着た着物を市松人形に着せて作りました。 40年も箪笥に眠っていた着物が生き返り、感動しました。 この市松人形をみるたびに、両親への感謝の気持ちが湧いてきます・・・。 |
秋も深まってきました。 昔は、この火鉢を家族で囲み暖を取っていました。 右の踏み台もインテリアとして飾っています。赤い箱は昔の薬箱です。交換にきた薬屋さんが紙風船をお土産にくれていたのを思い出します。 | |||
〒701-0204







































